◆私はゴルフをやらないので、最近になって初めて「ブービーメーカー賞」という言葉を知りました。そんなわけで今回は、ブービー賞という言葉をネタに始めた、4年前の61号をとりあげます。この月は全部で6回も発行していたから、よほどヒマだったようです(笑)。本文中に「高座仲間」という言葉が出てきますが、これは別に高座に上がっているわけではなく、市民大学のようなところで映画について少し話をさせていただいたことを指します。お世辞にも「講座」と呼べる代物ではありません。
また、本文にある「カーボン映写機」は、5階エレベーター前に置いてあるのがまさにソレです。興味のある方はご自由に触れてみてくださいませ。
◆『まちポレ壁新聞』最新177号『血』(1/9発行)は、5階ロビーに掲示中です。
※151号以降のバックナンバーのファイルもあります。
まちポレ壁新聞 №61 2021年11月7日
二番手
Time My-Scene ~時には昔の話を~ (vol.26)
ブービー賞という言葉を初めて知ったとき、へー、ビリだと賞品がもらえるんだと思ったものですが、初めからソレ狙いの人が出てしまうことから、下から二番目の人に景品を出すように変わったのだと、あとで知りました。
それからはちょっと逸れるけど、誰しも最初に見た映画というのを覚えている確率はかなり高いと思うのですが、じゃその次に見たのは?と聞かれるとどうです?
私は全く記憶になく、自分が付けていた番組表で調べてみました。
すると「夕なぎ」と「歴史は夜作られる」という二本立てだと判明しました。
これはかなり異常です(笑)。少なくともフツーの高校一年男子が魅力的に感じる番組ではないし、もしタダ券を貰ったとしても、同級生女子か(いや、見ないな)親にでも回すような番組に他なりません。
当時は「ジョーズ」が巷の話題を席巻していた冬です。そんなのには高1の沼田少年は目もくれなかったようです。今だったら、「東京リベンジャーズ」に連れだって行ってるクラスメートを尻目に一人ポツンと内緒で出かけ、シネコンで同級生たちの姿を見かけでもしたら、ハズカしさから慌ててトイレに逃げ込むというパターンですかね(笑)。まぁ当時は単独の映画館ばかりだったから、そういう心配?は無用だったけど。
前者は1972年の製作から少し遅れて1976年の日本公開、後者はあの「風と共に去りぬ」の二年前に当たる1937年製作のリバイバル上映でした。
「夕なぎ」は、ロミー・シュナイダーと絡めて何度も取りあげてきました。中年紳士のイブ・モンタンと若きサミー・フレーの間で揺れる三角関係を描いたもので、製作から4年も眠っていたというのは、ひと言で言えば<地味>ということでしょうね。
「歴史は夜作られる」は、シャルル・ボワイエとハスキーボイスのジーン・アーサーという美男美女の組み合わせによるラブロマンス。それに殺人事件やタイタニック号のような海難事故もあったりのてんこ盛り映画。
確認出来なかったけど、水野晴郎さんが設立したインターナショナル・プロモーション配給のような気がします。
多分当時の私にとっては、こちらがメインだったと思います。「望郷」「大いなる幻影」などの古~いフランス映画や「或る夜の出来事」を好んで見ていたもの。今以上に変わった男子高校生だったのは間違いない(笑)。
いつもの長いあとがき
高校の時に所属していた映研では、先輩たちが中心になって編集した機関紙で、お決まりの「ベスト3」選出をしました。当時私が選んだのが「望郷」「モダン・タイムス」「第三の男」の3本。これははっきり記憶しているので間違いありません。もちろん、「第三の男」以外はテレビによる鑑賞ですが。
このセレクトからするとあの二本立ての不思議感はやや薄れますか。しかし、思い出そうとしても解明不能(笑)。今でさえ見ないような二本立てだ(笑)。
ついでなので、3番目も調べてみました(笑)。
結果は――「四銃士」と「続ラブ・バッグ」の二本立てでした。
前者は才人リチャード・レスター監督がちゃっかり、「三銃士」と二本まとめて撮った西洋チャンバラもの。キャストもチャールトン・ヘストン、フェイ・ダナウェイ以下豪華だし、上出来の娯楽映画といえます。後年(1993年)ディズニーにより再び映画化されましたが、単にハデハデになっただけで、内容的にはこちらに軍配を上げます。
後者はディズニー製作による、感情を持ったフォルクスワーゲンが巻き起こすコメディ。「カーズ」の先駆けとも言えますが、明らかな<添え物>ですね。
初めて見た「ロミオとジュリエット」「燃えよドラゴン」の二本立てを含めて、これらの番組は全てО座で公開されました。完全な個人館で、大作が取れないのを逆手にとって旧作の再映や女性・家族向け、あるいは独立プロの作品を積極的に公開し、着実に固定ファンを増やしていった映画館でした。
足繁く通ったのは番組が一番の理由ですが、駅から近い、割引券を使うと学生は格安だった、スタンプを集めると一回無料で見れたというサービスの多さもありましたね。
ここで映写をしていたのが、私と同い年で高座仲間でもあるIくんです。
そのころはまだ知り合ってませんが、前回取りあげた「ウエスト・サイド物語」や「サウンド・オブ・ミュージック」は入社して間もなく映写したそう。映写冥利に尽きる至上の喜びとも言えますが、新米スタッフにとってはプレッシャーもあったことでしょう。ましてや技量の問われるカーボン映写機ですから!
そのあともヘンな映画ばかり見続け、書き出したくなる作品のオンパレードなのですが、しかしそれは、イコールみんなの知らないような映画とも言えるので(笑)割愛します。<王道>が登場するのはその年の秋、「オーメン」まで待たないとなりません。しかも、お目当ての映画が二日前に終わっていて、せっかく電車代払って来たんだから仕方なく見たといういわく付き(笑)。
全くもって、知名度という点ではブービー賞クラスの映画しか見ていないティーンエイジの私でした(それは今もか笑)。 (沼田)











