◆以前ウチのスタッフとして働いていた女性で、今でもよく映画を見に来てくれる方がいます。その場で顔を合わせると、必ず私にオススメ作品を尋ねてきます。私が勧めた作品にハズレがなかったからなのでしょうが、ちょっとこそばゆい感じがしないでもありません。今回紹介するのは、そのものズバリの書き出しで始めた、2年近く前の103号です。
◆『まちポレ壁新聞』最新141号『話の接ぎ穂』(12/11発行)は、5階ロビーに掲示中です。
※121号以降のバックナンバーのファイルもあります。
まちポレ壁新聞 №103 2023年3月8日
推し活もどき
Time My-Scene ~時には昔の話を~ (vol.68)
映画館で働いていてよく受ける質問の一つに「おススメは何ですか?」というのがあります。この話題はお客様からだけでなく、商談の席での前振りや、話が終わった後の「ところで」的雑談でもよく挙がってきます。
これに対して私が用意している回答は2パターンあります。
一つは、まず<好み>を聞くことから始まります。基本的に人の好みは千差万別というのが持論なので、好きじゃないのを勧めても仕方ないという思いからです。どんな作風が好きで、最近見た映画の感想を聞いて、「だったらこれなどはどうですか?」という流れになります。
二つ目の答えとしては「全部」というものです。もちろん、アタマに「ふざけて言うんじゃないのですが」を付け加えます。そこからいろいろ補足して、「ウチでやってるのは、それぞれ何かしら見どころがあります」というふうに持っていきます。お客様相手だと後者の方が多いかもしれません。
先日、まさに後者を地で行くような出来事がありました。
『ピエール・エテックス レトロスペクティブ』の初週「大恋愛」の2日め、数少ないお客様のうち一人が、20代とおぼしき若い男性だったのです。終わってからもずっとチラシの前に佇んで、いろいろ手に取ったりしています。俄然興味が湧いて、背中越しに声を掛けてみました(25歳でした)。
まず、どうしてこの作品を見ようと思ったのかです。すると、友人宅のトイレにこの作品のポスターが貼ってあり(高校の同級生で、東京在住)、今日たまたま館前を通りかかったらまさにそのポスターを発見、矢も楯もたまらず飛び込んできたそうです。ホントに偶然らしく、昨日から始まって4週続くというのも私が説明して初めて知ったぐらいでした。「面白かったからまた来ます」という嬉しい言葉を残して、その青年(寅さん風表現笑)は去って行きました。
この映画がその日の最終上映だったので、ごみ捨てに階下に降りていくと、その男性はまだ1階のチラシスタンド前にいて、ポスターを眺めたりしていました。必然的に、一度は終わった話が再開しました。
すると、その男性の口から新たに出てきたタイトルは「離ればなれになっても」でした。数週前に終わっていたことを知らずに、チラシを探していたんですね。見た映画に続いて、またもやおよそ想定外の極致と言えそうな作品だったので嬉しくなり、ストックしておいたチラシを探し出して、2枚おすそ分け。たかがチラシなのに喜んでくれて、DVD出たら観ますと返答してくれました。映画館でないのは残念だけど、現実的にもうスクリーンでは見られないでしょうから、これは仕方ない。
いつもの長いあとがき
映画館で働いていて一番うれしい瞬間は、小さいお子さんが出口で、「面白かったー」と帰り際に跳びはねながら声に出してくれた時です。その子がそのままずうーっと映画を見続けるということはないでしょうが、将来自分が親になった時に、今度は自分が体験した思いを我が子にも味合わせてあげようと、映画館へ連れてきてくれる可能性は大です。そして、その中からは前出の青年のようなマニアックなファンも現れてこないとも限りません。
「花束みたいな恋をした」(2021年)の劇中では、麦くんの部屋を初めて訪れた絹ちゃんが本棚に駆け寄って、並べられている本をめぐって話が弾み、二人の距離が近づいていくという場面がありました。
前出の男性客の友人の部屋には他にどんなポスターが張ってあって、どんな本を読んでいるのか、非常に興味が沸きます。
新作の「鬼滅の刃」のキャラクター商品に<三角ペナント>がありました。これがどういう経緯で商品化されたのか知る由もありませんが、ウチの若いスタッフは当然ながら『ペナントって何ですか?』という反応。私は子供の頃、二等辺三角形の頂点を支点にして、天井に円盤餃子ふうにグルっと並べてはっていました(笑)。懐かしい〜。
普通なら壁に張るべきペナントをわざわざ天井に張っていたのは、壁という壁を映画のポスターが占拠していたからです。
思い出すままに列記すると、「太陽がいっぱい」「ある愛の詩」「風とライオン」「ジャイアンツ」「バリー・リンドン」「砂の器」「幸福の黄色いハンカチ」など、ほとんど壁新聞で触れてきた作品ばかり。当時はだいたいどこの映画館でもポスターを100円で販売していて、値段が手頃だったこともあり、私にはパンフレット以上に身近な存在と言えました。
しかし、いくら部屋の高所とはいえ、張れるスペースは限られるわけで、<新作>が入荷すると、<入替>作業をしなくてはなりません。その中で<横綱級>にずって鎮座していた作品があります。それは「離愁」(1973年)と「ファイブ・イージー・ピーセス」(1970年)です。
前者は、何度も書いてきたロミー・シュナイダー主演の名作。ただ、これを男子高校生が自室に張る感覚は、前出の男性客に近いものがあるかもしれません(笑)。
後者は、3本立ての中に紛れ込んでいた作品。当時、「カッコーの巣の上で」「チャイナタウン」などで人気絶頂だったジャック・ニコルソンが主演ですが知名度は低く、私も懇意にしていただいたこの映画を公開した劇場の副支配人から勧められなかったら見逃していたかも。ニューシネマの隠れた名作で、私的生涯のベスト〇には入りますね。ニコルソン作品では、「さらば冬のかもめ」(1973年)共々、二十歳前後で巡り合えたことに感謝しかありません。 (沼田)