壁新聞

【『まちポレ壁新聞 -電子版-』更新しました。】Vol.16

◆アーカイブシリーズは、前回に引き続きいわきアリオス宛てに書いてマボロシとなっていたもの。久しぶりに読み直して、全く大衆向きじゃないことに改めて気付きました(笑)。自分が担当者でも、掲載を躊躇するかも(笑)。ただ、ブログ『紙ヒコーキ新聞』誕生のいきさつは分かります。

「妄想劇場」 友人Xとの会話

●やっとというのか、遂にというべきか、いわきアリオスのブログで『紙ヒコーキ新聞』が始まったね。あれだけ、発行部数一部の『壁新聞』にこだわってたのに。
★いや、壁新聞はそのまま続けるよ。好き勝手書くスタイルは変えないし、掲示方法も同じ。
 ただ今回は、掲示したって(映画館が)開いてないんだから、いくら読者は5人ぐらいかな?と言ったって……。だから、何かしら発信しなくては!と思ったわけ。
●え、ちょっと待って! 読者5人⁉
★そ。もしかしたら、そんなにいないかもしれない(笑)。窓際に置いてるだけだし、確認できてるのは2人だから。
●……(苦笑)
★妻からも「知らない映画ばかり」と言われるし。とりあえず完成したら見せてるんだけど、だいたい「大丈夫。あとでね」と言われる(笑)。
●そうするとこれで読者が、飛躍的にアップしますね。
★いやいや。「紙ヒコーキ新聞、いいタイトルですね」「イラストが素晴らしい! 可愛い」という反応は耳にするけど、本文はみんなさらっと斜め読み。だって知らな~い古い映画ばかりだから、興味がわかず途中下車。最後までたどり着かないみたい(笑)。

●そのタイトル、それだけが『壁新聞』転載の条件だったらしいけど。
★そうなんだ。とりあえず「壁」じゃなくなるし、一応はね、プリントアウトした壁新聞が紙ヒコーキになって、思いを乗せて飛んで行け!というのはあるんだけどね。ただ、いかんせん紙ヒコーキ。行先は風任せ。途中で墜落して、アリオスまで到達出来ないかもしれない(笑)。

●ところで、『紙ヒコーキ』は《定期便》なの?
★痛いところつくね(笑)。担当者も《不定期連載》と予防線を張ってる(笑)。『壁新聞』自体、4ヶ月ぐらい空いたのが2回あるし、逆に毎週4回出した月もある。ただ、今回はこれも含めれば、4回分は原稿渡してあるよ。
●それは全部オリジナル? 『壁新聞』とのすみ分けはどうするの? 
★上がってる分は半々。基本は書下ろしで行きたいけど。私は、メインディッシュ(原稿)を差し出す(書く)だけ。カットしようが注釈を加えようが、全て編集部に一任。
 創刊号は、前説やあとがき、そして画像まで加えてくれて、かつ本文はそのままに、外向けのアレンジや補足を加えて見事なコース料理に仕立てられ、自分が書いた文章じゃないみたいだったよ。冷凍から甦ったハンソロみたいだった(どういう例え?)。あー編集ってこうやるんだと感じ入った次第。

●アイデアどこから?
★ないよ、そんなの。閃きだけ。ただ、友人たちがネタを提供してくれるし(笑)。あと、キーワードが浮かぶと書き出しがツラツラと。だから、余計着地点が分からない。例えばね、この★マークもそうなんだ。
●どういうこと?
★「(ほし)」ということ。
●余計分からない…。
★亡くなった森田芳光監督作品で「(ハル)」という映画があってね、大好きな大切な映画なんだけど…。おっと、原稿のネタ元だからこれ以上は(笑)。

●話を戻すけど、『紙ヒコーキ新聞』というタイトル、実は見たことある気がしてるんだけど…。
★分かった?(笑)。長部日出雄さんの映画エッセイで『紙ヒコーキ通信』という三部作があるんだ(➀映画は世界語 ➁映画監督になる法 ➂映画は夢の祭り)。大好きなエッセイ集。本業は直木賞も受賞した作家。週刊誌の記者としてスタートし、「映画評論」の執筆者を経て、作家という流れのようだね。同郷の棟方志功に関しての著書をはじめ、「映画監督」、「天才監督 木下恵介」、『壁新聞』№22に書いた「映画が好きな君は素敵だ」も。そして、自著「夢の祭り」では映画監督にもチャレンジ。
 私は「映画評論」をウワサでしか知らないけど、歴代の編集長を、佐藤忠男、品田雄吉、佐藤重臣各氏が努め、森卓也、虫明亜呂無、小林信彦、田山力哉ら各氏が執筆陣にいたという伝説の評論誌。大島渚監督もよく出入りしていたらしい。
 だから、パクリというよりも、畏敬の念の方が強いわけ。ネーミングの理由は前述したでしょ。オンシアター自由劇場の「もっと泣いてよフラッパー」の時は、劇団の招待(パンフレットに執筆したため)を断り、身銭切って立ち見したと本文にある。「観客の立場」で見たいからという、至ってシンプルな理由で。この姿勢。この潔さ。このシリーズ自体も、掲載誌「オール読物」の連載が終わってからは、自分のミニコミで出し続けたんじゃなかったかな?
 名言がたくさんあって、例えば、「ビデオの普及によって、映画史は共時的なものになった」。思わず唸りますね。あるいは、「わが国の映画にもっとも欠けているものがこの《大人の感覚》である」「映画の世界にはやはり《伝説》が必要だ」。モノ書きのプロは違うね。
 私はその足元にも及ぶわけもないけど、数人の読者、何より自分のために(笑)これからも好き勝手書いていくつもり。出来の悪さは編集部がうまくフォローしてくれるでショ(笑)。                 (2020/5/31)