壁新聞

【『まちポレ壁新聞 -電子版-』更新しました。】Vol.29

◆毎年夏休みが終わる週末に放送されている『24時間テレビ』。今年のチラ見した映像では、ウクライナのある家族の様子が流れていました。父親は戦地へ赴いていて不在。幼い娘さんはそのことで『戦争』という言葉を初めて知ることになります。ロシアのウクライナへの侵攻が始まったのは、2022年2月24日。既に1年半が経ちます…。
 今回は2月23日をキーワードに、「ジョニーは戦場へ行った」にも触れた一年半前の67号をご紹介します。

◆『まちポレ壁新聞』最新117号『惹きつける力』は、5階ロビーに掲示中です。
 ※101号以降のバックナンバーのファイルもあります。

 
まちポレ壁新聞  №67 2022年3月6日

運命の女

Time My-Scene ~時には昔の話を~ (vol.32)

3ヶ月ぶりとなる久々の発行にふさわしい、大仰で意味深なタイトルを付けてみました(笑)。でも、あながち誇張でもないですよ。

私、物覚えは悪いのに、人の誕生日を忘れないという特技?があります。
中学の時のガールフレンドは当時の皇太子と同じ誕生日でした。その彼女が洋画好きだったのが、私が映画、特に洋画を見るようになったきっかけでした。いかにもの、中学生らしい極めて不純な動機ですね(笑)。
当時の沼田少年は、「ゴジラ」シリーズやお盆の納涼怪奇映画大会ぐらいしか映画館に行ったことがなく、彼女から「ライアン・オニールとロバート・レッドフォードが好き」と言われても、初めて耳にする名前に、頭の中でひらがなの人名を反復するのが精いっぱい。
親も映画館に行くという習慣がほとんどなかったから、テレビで放映される洋画(当時はほとんど邦画の放送がなかった)を茶の間で見ることもなかったし。

その後、彼女と話を合わせたい一心で(笑)、勧められた「ある愛の詩」の原作本を読んだり、テレビで「荒野の七人」「大脱走」「007」シリーズといった放映を見たり、映画雑誌を買ったり。実に健気なもんです(笑)。
今はなるべく白紙で作品に触れたいから、テレビ放映時に前説があったりしたら邪魔だけれど、知りたい意欲にあふれていた当時、そういった意味では淀川長治さんをはじめとするテレビ解説者の存在はありがたかったですね。
以前にチラッと書きましたが、「ジョニーは戦場へ行った」も彼女との出会いがなければ読むことはなかったかもしれません。

高校受験を前に彼女とは別れ、早い話がフラれ(笑)、しかし、反対に映画への思いは熱くなり、高校に進学すると映研に入り、その後数十年経った今も映画を生業とし、挙句の果てはこうしたおバカな<告白>をしているという始末(笑)。そういった意味では、妻以上に<運命の女>に違いないわけです(笑)。

更に前任地での常連さんが同じ誕生日だったことをのちに知り、その方とも30年ぐらいメールでのやり取りが続いています。その日は今では天皇誕生日ですからね。忘れようにも忘れられなくなりました(笑)。

他の女性ばかり書いて、妻に触れないと怒られそう(笑)。
妻とは言うなれば<職場結婚>。他の営業所(映画館)にヘルプに行った時に知り合ったわけだから、「運命の女」と出会って映画にのめり込んでいなければ当然妻と出会うこともなかったでしょうから、改めて2月23日は<きっかけ>になった日と言えるわけです。

いつもの長いあとがき

見出しのタイトルを付けたのは、実は全くかけ離れた意味もあります。
「運命の女」というタイトルのラジオドラマがありました。もとい、正確に言うとそれを背景にした映画です。そう、三谷幸喜監督のデビュー作「ラヂオの時間」(1997年)です。
鈴木京香さん扮する主婦が応募した脚本がコンクールで入賞し(といっても応募はこの一本のみ)、それがラジオドラマ化されることに。ところが、そこに役者たちのエゴが入り込んでスムーズにいかず、収録はしっちゃかめっちゃか。あたふたするプロデューサーや夫、元効果マンの警備員らまでも巻き込んで…。
単なる市井の人々のドラマのはずが、パンフレットの表紙にある通り、ロケットやギャングまで登場する始末。それを西村雅彦さん、田口浩正さん、梶原善さん、おヒョイさんといったおなじみの面々が繰り広げるドタバタ。いったい現場はどんな騒ぎだったんだろうと想像してしまいます(笑)。

「ラヂオの時間」は、本作の6年前の三谷脚本による「12人の優しい日本人」(中原俊監督)ともども家で再生することが多く、妻からは「また見てんの!?」とよく言われています。

そう言えば、三谷さんが憧れているニール・サイモンの代表作「サンシャイン・ボーイズ」が、加藤健一&佐藤B作という黄金コンビで再演され、来月にはいわきでも見られますね。めでたい。(注/実際には役者さんのコロナ感染により、延期か中止になったようです)

ところで、まちポレは夜の部がないので帰宅も早くなり、進学の決まった息子もコロナ禍により授業がなく、家族の団欒が増えました。
ある日、録画リストの中に「ゴースト・バスターズ」を見つけたので(妻が録った)それを話題にしたら、
「オレ(私)、見たことないんだよね」→「『ハリー・ポッター』も見たことないんでしょう?」→[見てないのに知ったかぶりが得意なのね」→「『スター・ウォーズ』も見たことないの?」→「④⑤⑥はある」と言った具合で、家人から攻め立てられました(笑)。どうも昔からのメジャー嫌い体質でして。

逆にそれとは対極の岩波ホールも実は入ったことがないまま、閉館のニュースを耳にすることになりました。そんな私でもこの知らせには愕然としました。芸術文化の象徴であり、他のミニシアターとは一線を画していると思っていましたから。企業メセナにも限界があるということなのか。とても他人事とは思えません。日本って貧しい国ですね。悲しくなります。      (沼田)