◆関西の老舗名画座『京都みなみ会館』が、先月いっぱいで60年に及ぶ歴史にピリオドを打ちました。あまりに遠すぎて行ったことはないけれど、ネットへの書き込みを見れば映画ファンから愛され、なくてはならない存在だったことが分かります。
今回は、岩波ホール閉館のニュース(実際の閉館は2022年7月29日)を受けて一年半前に書いた68号をご紹介。閉館について書くのはつらいものですが、末尾へつながる「所信表明」だと思ってください。
◆『まちポレ壁新聞』最新121号『普通の人々』は、5階ロビーに掲示中です。
※101号以降のバックナンバーのファイルもあります。
まちポレ壁新聞 №68 2022年3月7日
船の舳先
Time My-Scene ~時には昔の話を~ (vol.33)
ずっと書かないでいたときに飛び込んできた岩波ホール閉館のニュース、これは絶対に触れなければいけないと思っていました。
前号のラストでチラッと書いたぐらいで済ませていい話ではありません。
そんなことを言うと、一度も劇場に入ったことがないくせに何言うんだと責められそうですが、封切では見ていないだけで、数は少なくとも見ている作品もあります。
何より、フランス映画社が配給し岩波ホールで公開してきた『BOW シリーズ』に対して、サークルの冊子にその思いを記しました。1982年のことです。
その時の見出しは『長期的展望が生んだ信頼』。
今回見出しに付けた「船の舳先」とは、英語で言えば『BOW』。これがフランス映画社が1975年に「恐るべき子供たち」「新学期・操行ゼロ」を皮切りに始めた、<知られざる国々の作家>を紹介・発掘するシリーズの呼称です(注/補足。『Best Of The World』の頭文字でもあります)。その時はまだ岩波ホールではなく、私もよくお世話になり紙面でも幾度か紹介してきた三百人劇場が舞台でした。
しかし、順風満帆のスタートとは言えず、映画評論家の日野康一氏からは“フランス映画社の仕事は、もうかりっこない献身的な奉仕に近い。成功を祈りたい”と言われる(キネマ旬報1976年9月下旬号)始末でした。これは氏が担当していた『新作入荷状況』というコーナーでの結びの文句です。しかも、「旅芸人の記録」「素晴らしき浮浪者」「密告の砦」といった、岩波ホールに行ったことのある映画ファンなら誰しもが(行ったことのない私でも笑)知っているような作品を紹介した後の締めのひと言でした。
ただ、オーバーには感じても頷ける発言ではありますよね。バウ・シリーズがスタートしてまだ一年あまり。誰だって4時間近くあるギリシャの知らない監督の映画を、みんなが見るとは思ってませんよ。第一、ここに見ていない張本人がいる!(オレだ笑)。
それが、翌1978年の「白夜」、暮れの「家族の肖像」というビスコンティ監督作品の連続ヒットにより好転し、更に「木靴の樹」(これは見たぞ)、「旅芸人の記録」で注目の的となり、マスコミを賑わすようになったのです。
このあたりの動きは、今の「ドライブ・マイ・カー」の再映、あるいは2008年の「おくりびと」に飛びついたマスコミや観客に通じるものがあるかもしれません。ベストワンや映画賞の受賞によって、封切時以上の大ヒットになるという現象です。いや、違うな。「評価」や「冠」はあっても、<知らなさ加減>が段違いだもの。
先日、常連さんでよく声をかけてくれるお客様から「(ドライブ・マイ・カー)入ってますね」と言われました。「映画(中身)は同じなんですけどね」と答えた私です。
いつもの長いあとがき
しかし、フランス映画社も2014年に倒産の憂き目にあい、とうとう牙城であった岩波ホールも今年で閉館する事態に陥ってしまいました。
それでも70国ぐらいの国々の作品を紹介してくれた功績は計り知れません。これは目先の一勝に一喜一憂せず、必ず決めた週数を最後まで全うするというポリシーにより、信頼を得て勝ち取ったものだと思います。言うは易しですが、実際にはなかなか出来ることではありません。いくら評価の高い映画を上映しても、ある程度の売り上げが伴わなければ継続出来ないからです。
3年前にまちポレでも「ナポリの隣人」を岩波ホールと同時期に上映できたことは誇らしく思うし、昨年も「わたしはダフネ」「ブータン 山の学校」を公開することができました。後者はアカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされたので、いうなれば「ドライブ・マイ・カー」のライバルでもあります。
改めて述べるまでもなく、コロナ禍により今、ミニシアター業界は悲惨と言っていい状況です。名古屋の雄、シネマスコーレでさえ<映画館氷河期>のハッシュタグを付け、「本日このあとの映画、貸切で観れる可能性があります!」とTwitterに投稿したそうです。笑えません。切実です。事実です。
映画を見る楽しみ、快感は<共有>に他なりません。同じ空間でそれぞれが感じる思い。これは例え画面のスケール感から<ホームシアター>と揶揄されてしまうまちポレのスクリーンであっても、自宅で見る映画では絶対に味わえないものだと断言します。
昨年は、「サマーフィルムにのって」「茜色に焼かれる」「いとみち」という作品に出会えたし、今年も既に「ちょっと思い出しただけ」、そして「さがす」という魂を揺さぶるような映画との出会いがありました。後者は、「岬の兄弟」を未見の私にとって、<知られざる日本の作家>片山慎三監督の出現は衝撃的でした。
まちポレに「長期的展望」があるかと問われれば即答は出来ませんが、私には映画・映画館のない人生は考えられないので、思いを同じくする方がいる限りは<船の舳先>となって、少しでも貢献出来たらと思いを新たにしました。
書きながら閃いたんだけど、<絶対に映画館で見ておくべき映画>なんて特集はどかな?
(沼田)